元チームメイトのあいつが新天地を求めてドイツの地へ旅立ってからもう三年。日本に一時帰国するという話すら聞いたことがないのは、昔からひたむきな努力を重ねてきたあいつらしい、と思う。

だけどな、三上。お前は本当にこのままでいいのか?

目の前にいる元・同級生の醒めたような横顔を目にしながら、俺はそっと心の中で問いかけた。




国境




「三上から連絡は?」
「来るわよ。スカイプと・・・誕生日の手紙くらいは。」
「こっちに帰ってきたことは?」
「一回も。・・・あなたも、知ってるはずだけど。」
「じゃあ、会いに行ったことは?」
「それ、聞く?」

カラン、と水割りの入ったグラスを傾けながら彼女は呆れたように呟いた。
高校時代から何かと仲の良かったこいつと三上が付き合い始めた、と聞いたのは卒業からしばらくたった時のことだ。苦楽を共にした親友兼チームメイトと信頼できる友人がくっついたという話は周囲を喜ばせたが、肝心の三上が3年前ドイツに渡ってからというもの、二人のことはいつも俺の心配事の隅っこのほうに紛れ込んでいた。


「だけどな、

もう三年だぞ、という言葉を喉の奥に押しとどめる。
三年という月日の長さ、そんなことは彼女が一番わかっているに違いない。この三年の間に俺は妻を貰い家庭を築いた。友人連中の結婚式に出ることも増えた。自分や他人の幸せを考えるにつけ、いつ帰るとも知れない男を待ち続ける彼女を心配するようになった。たとえそれが余計なお世話だ、とわかっていたとしても。



「三年前、あいつを空港に見送りに行ったときにね」

そんな俺の心の内を見透かしたように、は口を開いた。
カラン、とグラスをもう一度傾けて彼女は続ける。


「日本代表に選ばれたら迎えに来る、って」

遠い日の記憶が蘇ったのだろう、ふっと口元が緩む。もう三年も前に交わした不確かな約束を信じて待ち続ける彼女の強さに、俺は内心驚いていた。同業者だからこそわかる。日本代表に選ばれることは困難なことだ。いつ怪我に襲われて選手生命を断たれるかわからない。何年粘ったところで選ばれるとも限らない。
しかし、それはあいつが一番よくわかっているのだろう。


「別にいいのよ、迎えに来てくれなくたって」
、」
「選ばれなくたっていつか日本には帰ってくる。その時は私が成田まで迎えに行くの。あと何年先になったって、私は待ってる。」

彼女ははっきりとそう言いきって、グラスの残りを一気に空けた。
いまだかつて見たことのないような穏やかな笑みが覚悟の強さを感じさせて、俺はただ黙っているしかなかった。



「あの人のこと、愛してるの。誰よりも、ずーっとね。」


一言一言、噛み締めるような言葉の重みが俺の心の奥にずんと響いた。
二人の間にはたった数年離れたくらいでは途切れることのない絆と、俺たちが立ち入る隙なんて微塵もないほどの月日の積み重ねがあるのだろう。
これ以上詮索するのも野暮ってもんだ。自分にできるのはこの愛すべき友人たちの幸せを願うことだけだと自分に言い聞かせながら、俺は2杯目のカクテルにそっと口をつけた。